ハタノエミさんのこと~理想の役者とは~

今日はひとつの回想からはじめましょうか。


私たちははじめ、「赤黒風線形態零」の名で活動を始めました。
名前の由来はあるにはあるのですが、今となっては小っ恥ずかしい由来なので、伏せておきます(笑)。
第5作目までこの名称を使っていたわけですが、それは我々の活動期でいえば、いわば「第一期」にあたります。
その「第一期」において、おそらく唯一、本格的な芝居をやっていたのが、前に述べた、真名子美佳さんです。
その圧倒的な存在感と、異界から来た女、とでも言いたいくらいの怪演が、我々の初期をずいぶんと助けてくれていたように思います。

で、名前をすっきりと入れ替えた「形態ZERO」・・・この「第二期」において、真名子美佳さんに勝るとも劣らない素晴らしい女優に成長してくれたのが、葉田野絵弥さんです。
柳田国男の「妹の力」ではありませんが、実に形態ZEROの舞台は、主演女優さんの力によって支えられていました。ほんと、男が育ちにくい劇団だったなぁ(笑)

で、葉田野絵弥さんというのは、天才型と努力型にわければ、明らかに天才型、なわけです。
舞台の空気、台本の持つ空気、というのがあるとすると、霊感アンテナみたいなもので、それをキャッチし、台本が、舞台が要求する通りにセリフを喋り、肉体を動かす、のです。それは別に、役に「憑依」しているというわけではありません。むしろです。誰よりも冷静なのです。たとえ狂ったように笑いこけるシーンであっても、包丁片手に「ぶっ殺してやる!」と相手役に迫る時も、「キンタマ縮みあがらせてんじゃないの?」と客席をアオる時も、「痒いぃぃぃ」と全身を掻き毟っている時も、彼女の中は透き通った氷のように静かなままです。つまり、「役」になりきるわけでもなく、かといって「素」なのでもない。「役」と「素」を隔てる一枚の薄皮の上で、みずからを宙吊りにしてセリフを喋る、ことのできた女優さんでした。理屈でなく、チカラを入れるでもなく、フッと自然体でそれをやってしまうのです。だから私の書く台本のセリフも、アタマで屁理屈を考えることなくして本能的に作者の求めていることをやってしまう、出来てしまうのでした・・・まさにそれが、私の言う「天才型」のゆえんです。

どんなに白熱しても、氷のように静かな内面で、役を演じる・・・だから霊感アンテナのごときものが働き、場の空気を、また、相手役のセリフを、身振りを「読む」ことができるのです。自分を「空っぽ」にして世界に開くから、周りの世界を感受できるのです。これはどんなに強調してもし過ぎることはない、役者としての重大な素質、だと思います。「昨日のジョー」で彼女の相手役をつとめた瀬戸鳴海などは、周囲に対してすぐに自分を「閉ざしてしまう傾向」を持っていました。いま、当時の映像を見ると、「少しは目の前の小娘を見習え!このヘッポコ!ナス!」とでも言いたくなります。いえ、画面の前で実際、叫びました(笑)。当時、もっと口を酸っぱくして言えばよかったと、演出である私は地にひれ伏して悔やみます。

ま、それはさておき・・・もう一つ、特筆すべきなのは、彼女の場合、どんなに叫んでも、小さな声になっても、客席にいる人がセリフを「聞き取れる」ということです。これも極めて重要なことで、彼女がコトバのイミを理解して喋っているから、聞き取れるセリフになるのです。と、同時に、「さめている」からです。さめているから、自分の出したコエを、自分の耳で聞く、ことができるのです。自分が喋るセリフのイミを、音を、自分の耳で聞く。そうして自分の出す「音」を自分の「統制下」に、おいている。役者を統制するのは演出家の役割ですが、優れた役者さん、というのは、そのような演出家を自分の中に住まわせているのだ、と言ってもいいかも知れません。自分を統制しないで怒鳴ったり大声を出せば、セリフは潰れて「何を言ってんのかわかんネーヨ」状態に陥ります。うちの劇団は「よく叫ぶ」ことで知られていましたが、同時に「何を言ってんのかわかんネーヨ」状態に陥ってしまう場面が、結構ありました(ほんと、そこも私の教え方が至らなかった所だ、と反省しています)。

ホントにやりたかったことは、叫ぶことじゃなく、セリフをちゃんと言うこと、伝えることだったというのに。

さてさて、エミさんの天才型たるゆえんを述べたところで、私が言いたかったのは、結局「理想の役者とはどういうものか」という、役者論、でありました。
整理すれば、

1、役者はつねに氷のように冷静であること
2、心を空っぽにして周りの状況を観察すること
3、自分のコエを自分の耳で聞くこと。つまりそのように自己統制しながら、セリフを喋ること。自分の中に自分を監視する装置を持つこと
4、セリフのイミを理解すること、そして、それをちゃんと伝えること


と、いうことになりましょうか。
なんだか「当たり前ダヨ」と言われてしまうような四か条ですが、どっこい、「当たり前」じゃないのです。「当たり前」なことが「出来ない」役者さんがかな~り多い、のが現実なのですから。

いずれにせよ、今後、私が舞台を演出する際は上記のことを念頭に、口を極めて役者さんに伝えていきたいと考えています。

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コメント: 2
  • #1

    通りすがり (木曜日, 11 7月 2013 18:41)

    ハタノさんて「昨日のジョー」で主演してらした方、ですよね?独特なイントネーションで、魅力的な女優さんだなぁと思ったのを覚えています。今も活動してらっしゃるのでしょうか・・

  • #2

    keitai0 (木曜日, 11 7月 2013 19:56)

    現在については私にもわかりません。ただ、ほんとに実力のある人でした。本番になってしまうと調子の良し悪しに関わりなく、舞台で浮いたり、滑ったりしない人、でした。かなうものなら、また一緒にやりたいなぁ・・と思っているのですがねぇ~