「あなたは何をやっていますか」

 

「今、あなたは何をやっているの?」と聞かれて、困惑する事がよくある。そのような時、私はつい「一応・・・・です」と答えてしまう。いわく、「一応、高校生です」「一応、大学生です」「一応、タクシードライバーです」「一応、フリーです」「一応、会社員です」「一応・・・」

 

この「一応」という言い方は、考えてみるとちょっとおかしい。私はその時、現に「高校生」だったし「大学生」だったし、「タクシードライバー」だったし、「会社員」なのだ。別に「世を忍ぶ仮の姿」として「高校生」であったり「会社員」であったりするのではない。繰り返すが、嘘ではなくて「現に」そうなのだ。では一体、なぜ「一応」がアタマにくっついてしまうのか?

 

一つに、「恥ずかしい」という理由が挙げられる。自分のことを「大学生」や「会社員」と言い切ってしまうのが恥ずかしい。何となく、身にそぐわない服を無理やりに着こなそうとしているかのようで、そのサマがみっともないのではないか?という疑念が湧くのだ。

次に、「大学生」とか「会社員」といったコトバの指すものが、わからない。という点が挙げられる。むろん、辞書的なイミなら誰だってわかる。そうではなくて、そのコトバの持っているイメージ、と言おうか。「人々がそのコトバに寄せているイメージ」が、見えない。いや、見えないというよりも、確定できない。だから私が「一応」というコトバを使うときは、「あなたが抱いている会社員というイメージとは食い違ってしまうかもしれませんが、私なりに一応、会社員というものをやっているつもりです」というニュアンスが含まれている。

 

コトバは個人性共同性の両面を持っている。だからこそ詩にもなればコミュニケーションの道具にもなる。「私」が「あなた」と会話する際には、コトバの共同性という側面に重きを置く。「あなた」がそのコトバに対して持っているであろうイメージを読みながら使うわけだ。ところがそれが読みきれないと、コトバに対する不信が生まれる。「会社員」というコトバによって喚起されるイメージが、「あなた」の中でどのようなモノなのかがいまひとつ、読みきれないとき、「私」はそのコトバを使うのに躊躇する。だから、「一応」とことわるわけだ。

 

つまり、「あなた」が持つイメージと「私」の持つイメージとが食い違っているのではないか・・?という疑い、つまりコトバの共同性への疑いこそが、「一応」というコトバを呼び寄せてしまう一番の要因だと思われる。

 

そう言えばここ何年か、「これから人を殺します」といった「犯行予告」がネット上で「流行」している。彼はなぜ、わざわざ予告などするのだろうか。それも私見によれば、コトバの共同性への不信感のあらわれである。つまり彼は、ヘンな言い方になるが、たとえ「人殺し」をしたとしても「人殺し」になり得るかどうか、確信が持てないのだ。もっと言うと、人々の持つ「人殺し」のイメージを十全に読みきり、かつ、十全に演じきれるか、自信がないのだ。せっかく大きなリスクを負って「事を起こす」のだから、「一応、殺した」になっては困るのである。だから「犯行予告」をすることで自分の「下書き」をこしらえる。そうすることで、「一応、人殺しです」ではなく、「人殺しです!」と胸を張って宣言したいのだ。実際に「事」を起こしたあとで「一応」にされてしまっては元も子もないから、事前に「私を人殺しと名づけてくださいね」という予約を入れておくのである。そしてもしかしたら、彼はそれだけで、実際に人殺しをしなかったとしても、人殺しになれた、という感覚を味わうのではないだろうか。現在、ネット上での犯行予告がすぐに阻止されてしまうにも関わらず、一向に減ろうとしないのは、そのためだと思われる。ポイントは実際に「やる」ことではなく、「名づけてもらう」こと、コトバの共同性において「大丈夫、君を人殺しと名づけてあげるよ」と保証してもらうことなのだ。たとえ阻止されてもいい。実際の行動以上に、その保証だけが、おそらく彼にとっては重大なのである。もちろん、犯行を予告したところで根本的な不安は解消されない。俺はやっぱり「一応」なのではないか?ホントに人々が抱くイメージ通りの人殺しになれるか?という不安。彼が前にしているのはコトバが共同性を失いつつある、この目に見えない「時代」という余りにも巨大なノッペラボーのカオなのだから。

 

コトバとは単にコトバなのではない。人はコトバによって他者の前に自分をあらわす。つまりコトバの共同性が死に瀕した場合、人は自らを言いあらわす術を持たないのみならず、自分の振る舞いにすら自信を持てないのだ。ちなみに昨今、ツイッターとやらが流行っている背景にも、上にあげた「犯行予告」と似たような事情が隠されているような気がするのだが、気のせいだろうか。

 

あなたは今、何をしていますかー。その問いにあなたは今、正々堂々と答えうるコトバを、果たして持っているだろうか・・?