挑戦的で、不敵~「大日本人」

ひょいと映画でも観ようと思い立ち、今さらながら松本人志の「大日本人」を観た。松本作品を観るのははじめて。

彼の作品はどれもボロカスな言われようで、本作も「駄作」の呼び声たかいのだが、「なかなかどうして、面白いじゃないか、これ」というのが、観終わった私の感想である。

 

巨大な「大日本人」に変身する能力を持った「大佐藤」にテレビ取材が密着し、彼へのインタビュー形式で描かれていくハナシだ。この国には不定期的に「獣(じゅう)」なる怪物があらわれ、都市の安全を脅かす。大佐藤はそういった「非常事態」になると防衛庁から依頼され、「大日本人」に変身して「獣」をやっつけるのだ。だがかつては人気商売で人々の畏敬を集めていた「大日本人」も、6代目にいたってはすでに落ちぶれ、ヒーローであるはずなのに馬鹿にされ、邪魔者扱いされながら、ヒッソリと暮らしている。


ハナシとしてはただそれだけのハナシなのだが、随所に「現代ニッポン」への時代批評みたいな描写がみてとれる(たとえば国の安全が脅かされているのに人々には全く危機感がない。テレビ画面の向こうで怪獣と戦う大日本人に『あの戦い方はない』などとダメ出しする始末だ。じぶんらの都市が大怪獣に襲われたというのに、それを遠い国の出来事のように語る。また、平和のために真剣に戦っているにも関わらず、大日本人にはスポンサー問題が常についてまわり、視聴率を稼げなければ深夜枠の番組しかまわしてもらえなかったりする。北朝鮮から送り込まれた怪獣には手も足も出ず、アメリカから来たヒーローに助けてもらうほかになすすべをもたない)。そもそもハナシの根幹が「特撮ヒーローもの」のパロディなわけだが、その背景や人物設定など、すべてドギつく誇張された「現代ニッポン」の戯画となっている。世相を切るお笑い芸人のセンスが良く出ていると思う。

 

そしてもう一つ、この作を面白いものにしている大きな要因に、松本人志の「等身大の語り」がある。

ハナシがインタビュー形式で進んでいく構造上、世界観にリアリティをもたらすためにはその「語り」にリアリティがなければならない。リアルであるためには、余計なものをすべて排除することだ。じっさい、松本はこの映画のなかでまったく「演技」をしていない。コトバはつっかえたりどもったり、口ごもったりしながら語られる。「そこらにいる冴えないおっさん」そのままなのだ。これは彼が「芸人」(しかも話芸が巧みな)であり、「プロの俳優」ではないからだと思う。そして「プロの俳優」でないからこそ、世界観にリアリティを出すことに成功したのだ。松本だけではない。テレビ局のインタビューに応える形で登場するどの人物も、「ただそこにいる」という感じなのだ。押し付けがましい演技がないのである。押し付けがましくないから雄弁に迫る。


もう一つ、印象的なのはラストに向かう終盤のくだり・・おそらく最も過酷な批判が集中したのはあの部分なのだろうが、映画に「品格」なるものがあるとすれば監督はあそこでわざとそれをぶっこわした(意図的に『失敗』した)のであり、その部分をとりあげて「失敗作」と断じるのはお門違いだろう(ちなみに私にはあの一連のシーンはとてもグロテスクなものに思え、あんなやり方でグロテスクさを表現してしまうこの人の才能はタダモノじゃない、なんて思ってしまったのだが・・)。

 

ともかく、「巨大化して怪獣をやっつけるハナシ」などどう考えても「荒唐無稽」なわけだが、「語り」がリアルで細部まで作りこまれているから、あたかもそれが「真実」であるかのように見える瞬間がある。カフカの作品と同じだ。そういう「虚実の反転」はすぐれた虚構に共通する。見かけの「バカバカしさ」にも関わらずこの作品にもちゃんとそれがあって、私は最後まで感心して観てしまった。

 

この映画が酷評されるのは、観る側が「エンターテイメント」を期待してしまうからだと思う。たしかにストーリーの流れを追いかけていても

けして「面白く」はないし、山あり谷ありの人情ストーリーが描かれるわけでもなく、また、純粋に人を「笑わせる」だけが目的のコメディでもない。また、怪獣の造形やラストのくだりなどにバラエティ番組的なノリがみられたりして、要するに「映画」として評価しようとすると「ちょっとこれ下品だよ」と思えてしまうのだろう。実際、『こんなものは映画ではない。お笑いコントの延長に過ぎない』、というような批判をあちこちで散見した。

 

まぁ、この映画を批判したくなる人の気持ちもよくわかる(笑)。

あのラストシーンも、ものすごく挑発的だものね。ざまぁみろ、やってやったぜ、という監督の悪意が聞こえてくるようだよ。

だが松本自身、「いままでだれも作ったことのないものをつくる」と豪語しているわけで、その意味では賛否両論わきおこる作品、というのは本望ではないのだろうか。いまや崇め奉られ過ぎの感がある「世界のたけし」よりも、監督として挑戦的で、世間の価値観とまっこうから戦ってやろうという意志が清々しい。

 

ほんと、こういう「挑戦的で不敵」なモノをみると、私はちょっと嬉しく、元気づけられてしまう。久々に刺激的だった。